東京Ruby会議12の開催によせて #tokyorubykaigi
こんにちは、osyoyuです。東京Ruby会議12の実行委員長です。本当にありがたいことに、300人以上の方に来ていただける会になりそうです。みなさまにお礼申し上げます。かなりたくさんの企画を用意してお待ちしています。
いよいよ前夜祭がはじまろうとしています。「開催によせて」として、本稿を公開します。
自分にとって、Rubyは "a programmer's best friend" だろうか。
私とRubyの出会いは今から10年以上前にさかのぼる。最初こそなじめなかったこの言語だが、いつしかすっかり気に入り、プログラムを書くときはRubyを選ぶようになっていた。
Twitterクライアントとして愛用していたmikutterの影響もあったかもしれない。変なプラグインをいくつか作ったりもした。とにかくRubyでプログラムを書くことに楽しさを覚えていた。Rubyはプログラミングの師であり、相棒であり、時には悪友であった。
Railsとの巡り合いは随分と後のことで、きちんと書けるようになったのはクックパッドでアルバイトを始めてからだった。大きなRailsアプリで大きなトラフィックをさばく様は自分にとっては新鮮で愉快に感じた記憶がある。以来、Rubyは自分にとって信頼できるビジネスパートナーでもあり、今でも職業エンジニアとして日々Railsを書いている。
ずっとRubyだけを書いていたわけではなく、CやGoやRust、あるいはHaskellやSwiftといった、Rubyとは少し違う言語を学ぶこともあった。RubyプログラムをGoで書き直してみると、不思議なことに何倍も速い。プログラマーとして成長するにつれ、プログラミング言語を使い分けることを覚えていった。
利口な「使い分け」を学ぶにつれ、Rubyを書く機会が減ってしまったような気がする。悪いことではないだろう。Rubyには得意なことと不得意なことがあり、他の言語のほうが得意なことは他の言語にやらせればいいのだ。業界の言葉で言えば「技術選定」かもしれない。
しかし、Rubyと出会った頃の、すべてをRubyで書いてみたいという昂りは未熟ゆえの過ちだったのだろうか? きっとそうではないだろう。身につけたのは技術の使い分けではなく、Rubyの限界に対する思い込みや決めつけだったのかもしれない。
東京Ruby会議12は「Rubyと暮らす」をコンセプトとしている。いろいろな意味が詰まった言葉のつもりだが、そのひとつに幅広い用途にRubyを使うこと、つまり「暮らし」は面白さの根源たりうる、という信念がある。Rubyの可能性が広がる話をたくさん聞けることを楽しみにしている。
テキストエディタや、実用的なゲームエンジン、あるいはスマートハウスデバイスをRubyで作っている人たちがいる。実装技術面でも、関数型プログラミングの気持ちをRubyに取り込んだり、RailsとReactをリアルタイムに統合する、あるいはFFmpegを巧く扱うための工夫の話もある。すべてをここで取り上げることはできないが、いずれも気になる話ばかりだ。
そして基調講演は、GitHub.com という超巨大なアプリケーションをRubyで作り続ける話と、近年その存在感を増しているRustをよく書く立場から見たRuby、の二本立てとなっている(たぶん)。Rubyを内と外の両方から見ることはいかに面白いだろうか。
また、東京Ruby会議12では「暮らし」のもう一つの側面として、Rubyコミュニティにもフォーカスする。そのひとつとして、東京圏の「地域.rb」のオーガナイザー17人による特別セッション『Regional.rb and the Tokyo Metropolis』を開催する。
駅や町ぐらいの単位で活動している「地域.rb」コミュニティたちだが、LT会やもくもく会、開発会など、どれも個性ある活動をしているようだ。自分もいくつかに顔を出したことがある。東京圏におけるRubyとの暮らしの一端を紐解けるのならば、地域Ruby会議として大いに面白いのではないだろうか。
会場ではほかにも技術書の本屋さんやスポンサーブース、ハックスペースなどを準備し、Rubyistの楽しい日になるよう準備を進めている。書ききれていない部分も多いので、見にきてほしい。
東京Ruby会議12が "a programmer's best friend" としてのRubyを再発見できる場になれば、これ以上に嬉しいことはない。ぜひ楽しんでほしい。
osyoyu