幕間
30歳になった。30歳になったのを契機に何かを変えるのは十進法に囚われた弱き者の発想、とかつては真剣に思っていた。何かが劇的に変わることは実際になかったが、自分の本心によく向き合った一年ではあったかもしれない。
かつて憧れていた「スーパープログラマー」に近づけているだろうか?
俺にとってコンピューターはいつも手段ではなく目的だった。サービスとか、事業とか、そういうものをやって立派な大人になる! ロールモデルを半端に追ってきた20代だったが、心が揺れるのはプログラムのことばかりだったように思う。
何人かに相談してみたが、心に一番残った言葉は「元気に働ける時間は意外と短いよ」だった。与えられた有限な時間の中で、憧れに近づくためには何が必要だろうか? を随分と考えた。
心が動くのがプログラムのことばかり、それはそれでいい。「サービスとか、事業とか」が最大の関心じゃなくていい。いいじゃんそれで。長い、長い時間をかけてじっくり刻み込んだ刷り込みから、ついに抜け出せたように思う。二兎を追うのは良くない。二兎に見えている時点で向いていない。
それならそれで、一兎を追うことにより力を注ぐべきなのもまた明らかに思われた。近ごろ、G.M.ワインバーグ『スーパーエンジニアへの道 ―技術リーダーシップの人間学―』(共立出版)を読んだが、この一節が鋭く刺さった。
技術屋の中には、やたらにさまよい歩くことを楽しみ、不思議の国のアリスさながら、どこかに行けさえすればどこに行くかは大して気にしない、という連中がたくさんいる。プログラマたちはこのプロセスを「ハッキング」という。…… 唯一の目標は、何か面白いことを調べたいというものなのだ。…… 仕事はできたとすればそれは偶然できただけ、ということになる。
この引用元でもある第三章は、また無意識に目を逸らしていた「自分と自分が憧れるエンジニアたちの差」をとにかく突きつけてくるようであった。散漫で半端なハックで心を満たすのではなく、骨のあるプログラムを書くことでやっていきたい。
2026年は良い年になるだろう。